人口減を考える視点(その2)=生みたくない!=

今回は、前回で整理した人口減の論点のうち、❷(合計特殊)出生率が下がるのはなぜか?について、「子供を産みたくない女性が増えているようだ」という点について考えてみたいと思います。合計特殊出生率というのは、1人の女性が生涯に産む子供の数で、一般的に1.7くらいを境に、それを下回ると人口が減っていくとされます。前回のグラフで見たように一時持ち直した出生率は2015年以降、再び下がり続けています。つまり「子供を産みたくない女性が増えている」か、あるいは「子供を産もうとしている女性が減っている」かのどちらか、またはその両方だといえるのです(適齢期の女性の人口が減少すれば、他の条件が同じとき、出生率は低下します)。

だから少子化はとまらない。データに見る30代女性の「産みたくない理由」

女性誌Elleに掲載された興味深いデータをご紹介しましょう。世界最大のジェイ・ウォルター・トンプソンが2018年に実施したアンケート調査です。

  • 18歳から49歳の女性の内、「将来子供を作る予定」であると答えた人の比率は、日本が圧倒的に少なく、しかも2年前に比べて半分近く減少しています。
  • そしてその理由として多かったのが、「パートナーがいない」「子供が欲しくない」「金銭的余裕がない」という順番でした。

記事を引用します。


30代女性では52%が「パートナーのサポートが得られない」ことも子供を作れない最大の要因として挙げています。20代とは違って30代にもなると、「自由に生きたいから今は子供はほしくない」という気持ちはなくなって、「そろそろ子供はほしい」という気持ちが芽生えてくるのでしょう。しかし一方で、仕事はだんだん任されるようになってくるし、自分のライフスタイルのひとつになってきている。決してキャリア志向というわけでないけれど、自分の人生も大切にする観点や、子供の将来のためにも収入は確保し続けたい。となると当然、夫の理解は必須です。

そうすると、まずはパートナーを見つけるという最低条件に加え、そのパートナーは家事・育児をちゃんと共有できる人でなければならないという条件が加わり、出産のハードルはますます上がってしまいます。つまり、家事・育児を恒常的に担える男性を増やさない限り、そしてそういう男性との出会いの機会を増やさない限り、日本の少子化問題は解決しないということになります。

「働きたい・働き続けたい」気持ちを持つ女性たちの気持ちを捉えた少子化対策が必要で、女性の長期的な育休取得など、女性が「働かなくていい」仕組みを作るのは少々見当違いであるということがここからもわかります。(ブランドストラテジスト 大橋久美子さん)


しかし、日本の男性は長時間労働で帰宅が遅い、そもそも家事育児は女性という保守的ジェンダー観から抜け出せていない、女性自身も倫理観に囚われている・・等々。なので、家事育児を分担してくれるパートナーと出会えないのだと、大橋さんは指摘しています。

以前のブログで、日本の結婚した女性の家事・育児の負担は、男性の5倍だというデータを紹介しました。日本はいまだに非常に保守的ジェンダー観(男は外で稼ぎ、女は家を守るのが役割という姓別意識)が強く、それが変わらないまま、女性の就労が増え、かつ男女共に所得が増えないことが、出生率低下の原因であると、私は考えます。

母親になって後悔している

しかし、「どうしたら女性の出生率を上げられるか?」「どうすれば女性に子供を生みたい気持ちにさせられるか?」・・・などという問いは、人口政策、成長政策という観点からは正しい問いですが、それは決して女性のDignityの観点から出された問いではありません。

「”女のしあわせは母になること”という価値観が、実は世界中の多くの女性を苦しめているのだ」と告発する本の日本版が今年出版され、多くの人々に波紋をもたらしました。NHKのWebニュースから一部を引用します。


この本は「今の知識と経験をふまえて過去に戻れるとしたら、もう一度母になることを選ぶか」という質問に「いいえ」と答えたイスラエル人の女性23人にインタビューした内容をもとに構成されています。

「子どものために自分の人生をあきらめた」
「母になることで奪われたものは取り戻せない」
「向いていないし、好きじゃなかった」
「もしも別の道を選べるのだとしたら、そうする」

本のタイトルを初めて見た人たちのSNSなどでの反応は。

「これって言って良いことなの?」
「子どものことを考えたら思っちゃいけないんじゃ…」
「そんなひと本当にいるの?」

一方で、23人の女性たちへの共感が数多く投稿されています。

「読み返すたび涙があふれる」
「刺さる。私にかけられた言葉すぎ」
「考えないようにしていたことを突きつけられた」

高校生になる双子の息子の母親でもあるエッセイストの村井さんも本を読み、共感をSNSに投稿するとリツイートや「いいね」が広がりました。

エッセイスト・翻訳家 村井理子さん
「多くの母親が一度は思って苦しんだことがあるけれど、心の中に隠していたタブーが表に出たという衝撃や喜びではないでしょうか。私もいままでに何度思ったかわかりません。人間としていろんなことに後悔するのは自然で、言っちゃだめなんてないはずなのに、隠さなければいけない。子どもに関しての発言にはすぐナイフが飛んできて、『大変ってわかっていたでしょ』ということを言う人がびっくりするほどいます。母というのは自分を捨てても子どもに無償の愛を与え続けるイメージが社会にも母親自身にもあるのだと思います。こうして言語化されたことは大きな一歩だと思います」

本を読んだ女性(36歳 2児の母親)
「本は母親に求められる役割がいかに重いか言葉にしてくれていると思いました。自分がいないと死んでしまう存在がいて、寝息を何度も確認してほっとしたり、『母親がしっかりしなければ』と思ったり、子どもと離れることにも罪悪感があります。成長にも日々驚くし、面白い体験だと思います。でも、労力は果てしないし、削られる感じです。子どもが小さいとき、良いお母さんにならなければと絵本の読み聞かせとかベビーマッサージとか、『っぽいこと』をしてみました。でも楽しいかというとそうではありませんでした。私は子育てが生きがいになることはないのです。母親ってみんなこう、という輪に入ると違和感があります。母親どうしで『習い事どうする?』と話しているのを聞くと、どちらでもいいなと思います。冷たいと思われるかもしれませんが、子どもは別の人格だと思うので、どんな習い事をしても、どんな恋人がいても、子どもの選択だと思います。ただ、おかしい人間だと思われるので周りの人には言いません。子どもはこの世界にいてほしい存在なので、もう一度、選べてもたぶん産むと思います。ただ、自分の人生を考えた時に産んでよかったと心からいえる訳ではないです」

著者 オルナ・ドーナトさん
「私の研究について、そんな母親はいないと言われ続けてきました。後悔を語ることが人々の激しい感情を喚起するのは社会の基盤が揺るがされかねないからです。母親に後悔を口にさせないことで、私たちは『愛』や『母性』に頼りきって、母親だけに重荷を背負わせています。鏡に姿がうつしだされるように、母親の後悔は社会が持っている『母性』の捉え方や規範、母親に背負わせている重荷を明らかにすることにつながります。母は人間を越えた女神のような存在ではありません。『母性』をもっと人間らしいものにしていく必要があると思います」


女性は生まれながらにして「母」になる宿命を背負っているのではありません。社会が背負わせているのです。それは「女性はこうあるべき、こう生きるべきだ」という、もうひとつの、そして最大のジェンダー役割モデルであって、社会の倫理を形成していると言えます。多くの女性はそれを当たり前と思って、その役割モデルに自分を合わせて生きようとしますし、合わせて生きられない女性(つまりこの本に登場する「母親になって後悔する女性たち」)は、自分が倫理に反した感情を抱いていると感じて罪悪感に苦しみます。

現代の日本の若い女性たちも、本能的に、将来の倫理と本音の葛藤を予想しているのではないでしょうか。その葛藤を避けるために、子供を産もうとしないのではないでしょうか。結局、女性は母になるべきだという社会に広がる役割モデルと倫理観が、出生率低下の大きな原因になっているといえるかもしれないのです。

とてもアイロニカルですが、「どうしたら女性の出生率を上げられるか?」「どうすれば女性に子供を生みたい気持ちにさせられるか?」という人口政策からの問いを止めることが、まず必要なようです。(K)

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