日本の停滞の原因を探る(その3)
仮説2 「労働者の質」の停滞 (その原因1)非正規雇用の拡大
次のプレジデント・オンラインの記事は、清水洋『野生化するイノベーション 日本経済「失われた20年」を超える』(新潮選書)の一部を再編集したものです。
【このブログの骨子】
日本企業は、90年代以降、正規雇用を守るための雇用の調整弁として非正規雇用を増大させた。非正規雇用は、勤続年数が増えても賃金が増えない。よって非正規雇用の増大は30年間の所得停滞の一因でもあるし、同時に「労働の質」が向上しない原因ともなった。
プレジデントオンライン21年10月12日号「正社員を守るため非正規が犠牲になった」
■日本で進む「低所得層のさらなる低所得化」
日本は世界的な傾向とはやや違う動きをしている。
一橋大学の経済研究所の森口千晶によれば、まず日本は戦前には高額所得者への所得の集中が極めて高い格差社会であったのに対して、戦後、その格差は小さくなり、そのまま安定していった
日本のトップ0.1%の高額所得者への富の集中は戦後一貫して2%程度で推移しているのに対して、アメリカの場合は、日本と同じ2%程度であったものが、1980年代から上昇し、8%台にまでなっている
しかし1990年代以降、日本では、ピケティが示したように高額所得者への富の集中が起こったのではなく、むしろ低所得層のさらなる低所得化が進行していった。
なぜ日本では低所得化が進んだのか。
■なぜ日本で貧困層が増えたのか
日本の相対的貧困率を年齢別に見ると、1985年から男女ともほぼ全ての年齢層で上昇している。特に2000年代に入ってからは、若年層で顕著な上昇が見られる。
なぜ、貧困層が増えてきたか。これは、非正規労働や派遣労働が増えてきたことが大きく関係している。
慶應義塾大学の石井加代子さんらは、非正規労働で貧困層が多くなっていることを指摘している。彼女らの「日本家計パネル調査」を使った分析では、世帯主が非正規労働に就いている世帯が貧困世帯全体の54%を占めていた。
■「調整弁」となった非正規雇用
そもそも、日本ではなぜ非正規雇用や派遣労働が拡大してきたのか。
より大きな要因となっているのは、むしろ企業側の変化。厚生労働省の「平成23年有期労働契約に関する実態調査」を見てみると、なぜ有期契約労働者を雇用しているのかについての理由として最も多いのは、「業務量の中長期的な変動に対応するため」で、47.7%の企業がそう答えている。それに、「人件費(賃金、福利厚生等)を低く抑えるため」「業務量の急激な変動に際して雇用調整ができるようにするため」と続く。
実際、2008年からは非正規雇用全体が減っている。これは、リーマン・ショックにおいて必要になった雇用調整を、企業が非正規労働の雇い止めを行った結果だ。
■「日本的経営」が格差の拡大を招いた
こうしてみてみると、日本における貧困層の増大、低所得層のさらなる低所得化は、これまでの「日本的経営」と言われるやり方を守ろうとするために、非正規雇用を導入してきた結果だと言えそうだ。
1990年代後半から2000年代にかけて、一部の経営者から「長期的な雇用慣行を特徴とする日本的経営を守るべき」という声が聞こえてきた。短期的な収益よりも、雇用を守り、これまで強みを発揮してきた日本的経営を持続させることが重要であるという主張だ。
データから見る限り、ビジネス界で実際に起こっていたのは、正規社員の雇用はできるだけ守りつつ、非正規雇用や派遣労働を導入することで、景気変動の調整弁としていたということだ。
この記事は、90年代以降、日本人の所得が増えなかった原因を探るというよりは、「貧困層の増大の原因」を探るのが趣旨ですが、低所得者層の増大は、間違いなく平均値の下振れ要因になるので、所得水準の停滞の原因になり得ます。
これは総務省統計局の次の資料からも、見て取れます。
1990年(昭和59年)以降、非正規雇用労働者は一貫して増大していますが、平成21年2009年、リーマンショックの翌年に限って、38%も減少していて、正規雇用の減少幅15%の2.5倍にもなっています。
また同じ資料の別のデータ「賃金カーブ」からは、非正規雇用労働者の賃金が、年齢とは無関係にほぼ横這いで、正社員の賃金の最高値の50%に満たないことが分かります(赤と紫のグラフ)
これは「鶏が先か卵が先か」の議論でもありますが、非正規雇用の働き手は、一般に、正社員よりも知識、経験、モチベーションが低く、労働生産性(特に労働の質)を引き下げる要因となるからという点。もうひとつはそもそもスキルを必要としない業務に非正規雇用労働者を固定しているという企業の経営姿勢の現れだと言えます。非正規雇用増大➡労働生産性(特に労働の質)の低調➡所得水準が上がらないという因果関係がありそうです。(K)